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前橋地方裁判所沼田支部 昭和45年(ワ)30号 判決

原告 松井竹次郎

被告 笠原七蔵

主文

一、被告は原告に対し、金二万円及びこれに対する昭和四五年一一月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

(甲)  申立

(原告)

一、被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一一月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は原告占有に係る群馬県沼田市下沼田町字久根下五八三番宅地一、〇一四・八七平方米(三〇七坪。以下本件土地という)の東側部分に隣接する被告所有に係る右同所五七八番(以下本件隣地という)の境界線上に設置してある別紙図面記載の便所(以下本件便所という)及び肥料溜(以下本件肥料溜という)各一棟を収去せよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに右一項につき仮執行の宣言。

(被告)

請求棄却の判決。

(乙)  主張

(原告の請求原因)

一、(一)(1) 本件土地は昭和二三年以来原告の所有である。

(2) そうでなくとも、右同年以来原告が占有使用している。

(二) そして右土地上には家屋番号下沼田町三六番の建物(以下本件建物という)があり、これに原告が右同年以来居住している。

(三) 原告は本件土地と本件隣地との境界線上に別紙図面記載のとおり池を設け、食器等の水洗や洗面のためこれを使用しているのである。

又、右境界線上には右建物の北方地点を水源とする水流があり、これより清流が右池に注入しているのである。

二、(一) 被告は右境界線上に別紙図面のとおり本件便所を大正四年ごろ、本件肥料溜を昭和三年ごろ夫々設けて使用している。

(二) 右便所の設置及び肥料溜の穿設は境界より一米ないし二米の距離を置くべきであり、且つ汚液の浸出等を防止すべき措置をするべきであるのに、被告はこれをしていない。

三、右二項(二)のため右便所及び肥料溜から汚液が右一項(三)の水流に流れ込み、うじがわき、又臭気を放ち不衛生で永年使用不能となり、又その下流にある同項(三)の池も使用不能である。

そこで、原告は日常生活上多大の支障と損害を蒙り、且つたえ難い精神的苦痛を受けているのである。これを金銭に見積ると金一〇〇万円が相当である。

四、よって原告は被告に対し、本件土地従って右水流及び池の所有権ないし占有権に基き、本件便所及び肥料溜の収去を求め、且つ民法第七〇九条に基き、右慰藉料金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月六日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

(請求原因に対する被告の答弁)

請求原因一項(一)(1)を否認する。同項(一)(2)及び(二)を認める。同項(三)のうち、池が存在することを認める。その余を否認する。同二項(一)のうち、被告が原告主張のころに夫々本件便所及び肥料溜を築造したことを認める。その余を否認する。右便所は約五・四米くらい、肥料溜は約二・七米くらい境界線より離れて存在する。

同三項を否認する。同四項を争う。

(丙) 証拠≪省略≫

理由

第一、請求原因一項(一)(2)は当事者間に争がない。

又、本件土地に原告の占有する本件池が存在し(別紙図面に洗場と記載してある)、本件隣地に被告の所有する本件便所及び肥料溜が存在し、右便所及び肥料溜の築造年月が原告主張のころであることは当事者間に争がなく、右両土地の境界線(以下本件境界線という)附近の模様状況が別紙図面記載のとおりであることは検証の結果によって認められるところである。

第二、ところで、原告は本件肥料溜及び本件便所より汚液が浸出し本件池に流入する流水を汚濁し、右池はうじがわくなど不衛生であると主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。

即ち、≪証拠省略≫によると、本件池は大正四年ごろより本件建物に居住していた訴外西山文之助のころより右建物の裏山にある湧出源から清水を別紙図面記載の貯水槽(本件境界線より約二米ほど離れた本件土地上に所在する)に貯め、これより約一〇・五米ほどの竹製導水管(地下に埋設してある)を以て本件池に清水を注入せしめていたこと、原告が右導水管を竹製からビニール製にかえたのは戦後のことであること、従って本件池は本件境界線にある排水溝(別紙図面に水路と記載されているもの)からは大正四年以来長期に亘って取水していないこと、従って又右排水溝はかれて久しく、雑草がはびこっている状態であることが認められるところ、たとい右肥料溜及び便所が右境界線に直近して建てられていたとしても、現実にこれらより汚液が浸出して本件池に流入することは通常考えられないからである。

ただしかし、検証の結果によると、右便所は本件隣地上に右境界線より約〇・二五米の直近箇所に築造されており大分古く又、本件池より幾分高台にあり、且つ右境界線となる石垣には右便所からのものと思料される汚液が僅かばかり浸出し黒褐色になっている箇所があることが認められるところ、大雨の際などには該箇所から本件池に雨水と共に右汚液が溶け込む可能性はあり、又原告の日常生活上も不快感を催すことがあることは否めないので、被告としては相隣接する土地に居住する者(相隣者)として互譲の精神を以て、右便所より石垣に汚液の浸出するを防止すべき工作を右石垣に加える等の措置をして、原告に不快感を与えない義務があると条理上考えられるので、これを原告が本件土地に居住した昭和二三年以来怠っていたことは本件土地占有者としての原告に対しこれによって生じた精神的苦痛を和げるべき責任があるといわなければならない。

そこで、右慰藉料の額を考えるに、原告は本件池を多少の雑巾やこれに類する物の水洗に使用しているのみで、他は大部分これとは別に本件建物の西側に所在する池より取水して勝手用、飲料用、風呂用に使用している状態であること(≪証拠判断省略≫)を総合すると金二万円程度を以て相当とする。

第三、つぎに、原告は被告に対し本件肥料溜及び本件便所の収去を求めている。

しかしながら、右収去を求めるには物権的請求権(本件の場合は占有権)によらなければならないが、前記第一項認定のとおり、右肥料溜及び右便所は被告所有の本件隣地内にあり、従って同土地所有権の内容として本来相隣者との互譲を考慮しつつもすべて被告の自由に使用すべき事柄であるといえるし、又右肥料溜には何ら物的瑕疵は見当らず、右便所についてもこれを収去する被告側の経済的負担ないし日常生活上の不便、原告側の本件池の使用状況が右第二項認定のとおりであること等諸般の事情を考慮すると、被告としては前記第二項記載のとおり右便所からの汚液の浸出を防ぐべき措置を採らせるのは格別、これを収去させることは相当でないと考える。

第四、以上のことはたとい原告が所有権に基いて同一の請求をする場合でも、同一の結論に達する。

第五、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し金二万円並びに本訴状が被告に送達された日の翌日であることが一件記録上明らかである昭和四五年一一月六日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条、第八九条を適用のうえ主文のとおり判決する(なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない)。

(裁判官 宗哲朗)

〈以下省略〉

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